僕が大好きだった箸があった。
シンプルなブラックでPPS樹脂製。
2010年だったか。
横浜での結婚式。
妻の一番の親友、かよこちゃんの挙式で配膳に並んだもの。
彼女と妻とは鶴見女子出身で、その時からの一番の親友同士。
その式の帰り間際に、今日の記念にお持ち帰りください・・・
と言われて、その箸を持ち帰ってから、
本当に僕の一番の、自宅でのお気に入りの箸だった。
なんのことはない。その頃から流行り始めていた、
割り箸ではない、リサイクルプラスチック製のリユース箸だが、
ちょっと高級。その類の中では。
これが本当に使いやすかった。
それを、今宵、家族で蟹を頂いている時に折ってしまったのだった。
あの式には二人で参加したので、二膳分、4本はあるのだが、
3本になってしまった。
折ってしまった時、僕の妻は、特に気にする素振りも見せなかったが、
本当に、悔いる気持ちが、僕の中には生まれていた。
その箸は、僕の中でも見事に、かよこちゃん、彼女の思い出になっているから。
なぜか。
かよこちゃんのお父様は、僕も舞台で何度もお世話になっていた
横浜ランドマークホールも入るランドマークプラザ、その支配人さんで、
僕もお会いしたことがあった。
とっても品のある紳士で、優しい目が印象的。
その昔、家内は、横浜勤めだったので、デートと言えば、横浜。
家内と横浜をデートしてれば、かよこちゃんも一緒になって、
そしてかよこちゃんのお父様に、ご挨拶したことも。
あの頃は、僕が舞台なんかに取り組めば、そりゃー、何か月も会えないこともざら。
舞台でツアーなら半年会えないことだってあった。
そして久々会える時には、
かよこちゃんも一緒に横浜で・・・なんてこともあった。
そんな当時の僕の彼女・・・であった妻を支えてくれていた、かよこちゃん、
そのお父様は、2010年になる前に他界・・・。
それで迎えた2010年の、かよこちゃんの挙式だった。
家内と結婚後、僕はかよこちゃんと会うことはなくなったが、
結婚して間もなく、かよこちゃんに病気が発見されてしまう。
ガンだった。
すっごく長く闘病して、再発、再発の繰り返し。
病院から家内と話すことが楽しみだった彼女のラインでの電話。
それが昨年、ある日突然、ラインから男性の声での連絡。
かよこちゃんの旦那様の声だった。
ラインの一番上にあった履歴で、電話をしてくれたとのこと。
かよこちゃんが、天に旅立った連絡だった。
目を真っ赤にして、耐えていた妻だった。
そんな時間も耐え抜き、そしての今。
我が家の食卓には、僕がお気に入りで並ぶ、かよこちゃんの挙式で頂いた、
その箸があったわけだ。
それを今宵、見事に折ってしまった僕である。
モノにコダワリを持つ僕なら、ショックで言葉にならない。
もちろん、モノのイデアとしての存在もあれば、
思い出としての象徴であった箸。
でも、妻は、『折れちゃったねー』の一言ですましてくれた。
そこに、痛切なる罪悪感を全身で受け止めていた僕がいた。
僕にできることは、それを一生懸命、同じものを探すこと。
そうする作業を経験することで、思い出を新たなモノに引き継がせること。
それしかない。